「うわっ! なんだよこれ……! ありえねーだろ!!」
筐体のジョイスティックをガチャガチャ鳴らしながら、マリオが慌てた声で叫ぶ。半分に分けられたプレイ画面の左側にちらりと目をやれば、あたしの大連鎖攻撃の末に落ちてきた透明なお邪魔ブロックがマリオのフィールドを埋め尽くしていた。そのまま数秒も経たないうちに、あたしの勝ちでゲームが終わる。
「……っ、チクショーどーなってやがんだ!」
「ふふん、あたしだってやられっぱなしは性に合わないんですよーだ!」
やっとのことで雪辱を果たしたあたしがドヤ顔でそう言うと、マリオはケッと吐き捨ててから口を尖らせた。
あれやこれやと言いくるめられ、半ば無理矢理連れて来られたマリオの隠れ家には大量のアーケードゲームが並べられていて、誘われるがままに対戦プレイを始めてみたはいいものの、マリオが薦めてくるタイトルではどれもまともに勝つことができなかった。ガンシューとかレーシングゲームとか、フィジカルでの動きが入るゲームをマリオが得意としていることはもちろん知っている。でも、画面上だけでピコピコ攻撃しあうようなタイプのシューティングゲームまで強いだなんて、そんなの聞いてない。動きを見る限りは特に裏技とかを使ってるわけでもなさそうだし、シンプルに動体視力や反射神経がいいのだろう。
そんな中、苦肉の策として思いついたのが落ちもののパズルゲームでの勝負だった。高校受験直前だった去年の冬休み、現実逃避がてら一人プレイモードをやりこみまくって連鎖の組み方を覚えたのだ。あの時の時間の浪費がこんなところで役に立つなんて思ってもみなかった。実際、マリオだって別にめちゃくちゃ下手ってほどではないのだけれど、本気を出したあたしには流石に勝てっこないというワケだ。
「クソッ、もっかい勝負だあまり!」
「今のあんたとだったら何回やってもあたしの勝ちだと思うけど〜? 一人で練習してから出直してきてよね」
「はあ!? そもそもどうやって出してんだよあれはよォ……!」
マリオはそう言って、頭を掻きむしりながらダンダンと足を踏み鳴らした。いつも自信満々で偉ぶってるマリオのそんな姿を見るのは正直小気味良いけど、遊び方のテクニックを覚える前の自分みたいで、ちょっぴり同情心も湧いてくる。
──あたしは攻略動画とか見ながらなんとか習得できたけど、マリオは誰からも教えてもらったりできないんだよね……。
「……じゃあさ、ちょっとだけコツとか教えてあげようか?」
あたしだって今まではCPUとしか戦ったことがなかったから、こうやって誰かと対戦できるのは楽しい。それに、マリオがずっとこんな風に下手っぴのまんまだったら、あたしもマリオもそのうち楽しくなくなっちゃうに決まってる。
「早く強くなって、あたしと勝負してよ」
「……おー」
あたしの提案に短く返事をしたマリオが、筐体のボタンをポチッと押した。
当たり前と言えば当たり前だけど、ここのゲームは全部無料で遊び放題なのが羨ましい。
「こういうのはブロックの組み方にコツがあるから、とりあえずあたしの言う通りに組みながら覚えてね」
「はあ」
いつもならすぐにでも「俺は俺のやり方を貫くぜ!」とか言い出しそうなのに、今日はなぜかあたしの説明を大人しく聞いているマリオの様子がちょっとだけ面白い。あたしは少し身を乗り出して、プレイ画面の上を指差しながらブロックの置き方を指南した。
「──それで、これはこっちで、これは半回転させてからこっちに……」
「あー、こうか?」
「違う違う、こっちだってば!」
マジでやってるのか、はたまたわざとなのかはさっぱり分からないけど、時々微妙にズレた位置にブロックを置こうとするのがじれったくてたまらない。あたしは思わずマリオの手の上からジョイスティックを掴み、そのままブロックを移動させた。
「こうやってここに置いて、次のをまっすぐ落としたら……ほら! 勝手に連鎖になるでしょ──」
得意げな気分になりながらマリオのほうを向けば、マリオは大連鎖が起きてる画面なんてさっぱり見ないまま、あたしの顔だけをじっと見つめていた。手のひらの下でマリオの指が少し動くのを感じ、気まずくなって咄嗟に手を離す。
それに、すっかりゲームに夢中になっていて気が付かなかったけれど、狭い筐体の前で隣同士座っていたあたしとマリオの肩は、無遠慮にぴったりとくっついたままになっていた。椅子から腰を浮かせて数センチの距離を確保すると、マリオの視線はあたしの顔から、その僅かな隙間のほうへと移っていった。かと言って、距離を詰め直してくるわけでも、文句を言ってくるわけでもなく、ただただ無言の時間が流れるばかりだ。
たくさんのゲーム機からデモプレイの音が断続的に流れているはずなのに、ドキドキしている鼓動とか、唾を飲み込む音までマリオに聞かれてしまっているような気分になって、思わず息を詰める。こんな状態で今更マリオと何を話せばいいのかも分からないし、妙に居心地が悪くて、今すぐにでもここを立ち去りたくて仕方がなかった。
「……あっ、あたし、もう帰ろっかな〜、なんて……」
ようやく捻り出したあたしの言葉を聞いたマリオが、怪訝そうな表情であたしのことを睨めつける。
「は? なんでだよ。閉園までまだ時間あんだろ」
「だって、もうやりたいことないし……」
「何言ってんだよ、まだ遊んでねぇゲームだって沢山あるし、お前がずっとやりたがってたベイブレード対決だってできるぜ? それにほら、秘密結社ごっことか、昔みたいになんか新しい武器とか考えたり……」
「だから、もうそういうのはやらないんだってば!!」
自分で思ったよりも随分大きい声が出て、それを聞いたマリオの目がいつもより少しだけ大きく見開いた。
ゲームはともかく、今のあたしにとっては一ミリも興味のわかないことばかりだ。そりゃ、昔のあたしなら少しは楽しめたのかもしれないけど。
──一回融合して、それであたしのこと分かったみたいな面してくるくせに、結局全然分かってくれてないじゃん。
そんなことを考えると、何故かますます虫の居所が悪くなってくる。
「……ああ、そうかよ」
当て付けのようにそっぽを向いたあたしに向かって、マリオはため息混じりにそう言うと、席を立ってどこかに行ってしまった。
振り返る気も起きないまま、あたしは筐体のコントローラーの上に顔を伏せた。ボタンに手が当たったのか、ゲームがスタートする時の音が鳴ったけど、こんな状況じゃ、もうまともにプレイしたいとも思えない。
中学生の頃と興味関心がすっかり変わってしまった今のあたしでは、もうマリオとできる遊びも限られてきちゃっている気がする。それこそ、今みたいにゲームをしたりするくらい? マリオがリアルのほうに飛び出してきた時に、遊園地で遊んだのも楽しかったかな。だけど、よくよく考えてみればそれ以外には特に、共通の趣味も話題もないわけで。
なのにマリオは相変わらずあたしに付き纏ってくるし、あたしだってそれを満更でもないと思ってしまっている。でも、マリオとずっと一緒にいると、自分の嫌な部分──自分勝手でわがままで、怠惰で卑屈なところが露わになってしまう瞬間があって、その度になんとも言えない惨めな気持ちになってしまうのだ。
マリオだってきっと、こんなあたしに苛立ちを感じているに違いない。そうこうしている内、いつか愛想尽かされちゃう時が来るんじゃないかと思うと、ずんと気持ちが重くなる。だからと言って、今更こいつの前でかわいこぶりっこしてみたりするのは絶対に変だ。
ていうかそもそも、こんなことを考えてバッドな気分になっていること自体が不毛すぎる。はあ、とりあえずもうこの部屋から出たほうがいい、きっとそうに決まってる……。
「……おい、あまり!」
ジョイスティックをいじくり回しながらふてくされていると、マリオがあたしの名前を呼ぶ声がした。振り返ると、ソファーにどっかりと腰掛けたマリオの斜め前、小さなテーブルの上に溢れんばかりのお菓子が積み上げられている。
「どうせならこれ食ってから帰れよな」
お菓子ごときで誤魔化そうとするなんて、こいつってあたしのこと子供かなんかだと思ってるんだろうか? バカバカしいにも程がある。
なのに、あのマリオが下手に出てるんだと思うと、何故だかそんなに悪い気はしない。
「……しょーがないなあ……」
椅子から立ち上がってマリオのほうへと歩みを進めると、「ここに座れ」と言わんばかりにマリオが自分の右側の座面をバンバン叩くので、あたしは渋々そこに腰を下ろした。すると途端にマリオは満足げな表情を浮かべ、あたしの肩に手を回す。
「すぐ帰っちまうなんて淋しーじゃねーか、なあ?」
「ちょっと、近いってば……」
ポテチの袋を開けながら肘で軽く突いてみても、マリオはあたしから離れてくれない。それどころか、あたしの肩に頭を乗っけてくる始末だ。
結局、こいつのバグった距離感にやきもきしているのはあたしばかりで、要は気にするだけ無駄ということなんだろう。ほんと、訳わかんない奴。考えていることはおろか、生態すら謎だし。このおやつだって、一体どこから持ってきたのか分かんないし。ワサマヨ味のポテチが用意されてたことには感謝してあげるけど。
「ていうかさ、マリオって普段なにしてんの」
「あ? そりゃゲームしたり、雑誌とか漫画読んだり、ギター弾いたり、あとは……」
何か少し考えるような仕草をした後、マリオは急にあたしの顎を指先で掴み、くいと持ち上げながら自分のほうを向かせた。無理矢理目を合わさせられた瞬間、マリオの口角が片方だけにゅうっと釣り上がる。
「お前のこと考えてるぜ、あまり……♡」
「はあ……!? バカみたいなこと言わないでよ!」
あたしは慌ててマリオの手を振り払うと、そのままの勢いでじわじわと熱くなってくる自分の顔をぱたぱたと仰いだ。
「なんだよ、お前は俺のこと考えてくれてねぇのかよ〜」
「……さぁ、どーだかね」
結論から言えば、普段、マリオのことはなるべく考えないようにしている。──裏返せばそれは、ぼーっとしているとすぐにマリオのことを考えてしまう、ということでもあって。
普通の女子高生として生きていると、恋愛に関する話題に触れる機会も多いわけだけど、その度に脳裏にはまず一度、マリオの顔が浮かび上がってくるのだ。我ながらすっごく不本意だけど。
あたしってば、どうしてこんな奴のこと好きになっちゃったんだろう──なんて溜め息を吐きたいところだけれど、正しくは〝昔のあたしの理想の詰め合わせ〟として生み出されたのがマリオであって、いわゆる〝あたしが始めた物語〟ってやつなのだった。呼んでもないのに出てきたお前が悪い、なんて責任転嫁をすぐにしたくなっちゃうけど、そもそもの始まりはあたしがこいつをノートにしたためて、いろんな妄想をして遊んだことなわけで。
まあ、昔思ってたのと実際目の前にいるこいつとでは、全然違ってるところだってそりゃあ山ほどあるわけだけど、それでも大元となるマリオを作り出したのは、紛れもなくこのあたしなのだ。
そして、マリオに対してあたしが感じている抵抗感や居た堪れなさは、黒歴史的な厨二病思考が混ざっているからというのも勿論あるけれど、それ以上に、幼い欲望を詰め込みすぎてしまっていたせいでもある。マリオが実体を持って動き回っているのは、過去の秘密の日記帳の中身をランダムに公開され続けているのとほとんど同じようなものだ。自分で思い出せただけでも、いろんな痛いこと、恥ずかしいことを考えながらマリオを作ったのに、そのうちまた覚えていないヤバいことが飛び出してくるんじゃないかと思うと、ハラハラして気が気じゃない。
そんなことを考えつつ、ワサマヨポテチ、チョコレート、と甘いのとしょっぱいのを交互にしながらもくもくとおやつを口に運んでいると、マリオが突然あたしのほうへと顔をずいっと近付けてきた。その目線は明らかに、あたしの口元に落とされている。
「おい、あまり……」
──ゲッ、またキスされちゃうかも……!
そう思って咄嗟にギュッと目を瞑ったのに、実際には顎の辺りを指先でぺしぺしと払われただけで、それ以上のことは何もなかった。
期待した訳じゃないにせよ、そんなことを一瞬でも想像してしまったことが恥ずかしくて死にそうで、やり場のない胸のドキドキを拳に込めながら、マリオの胸元にボカスカと叩き込む。
「いってーな、何すんだ!!」
マリオはそう叫びながら、あたしの両手首を掴んで動きを封じてきた。咄嗟に思いっきり顔を背けたけど、横顔にマリオの視線が痛いくらいに突き刺さっているのがよく分かる。そのままぐいと手を引っ張ってきたので、ほとんど反射みたいに腕を引っ張り返したのに、なぜかマリオが突然手の力を緩めてきたせいで、あたしの体は勢いよく後ろにぐらりと傾いた。
──やだ、やばい、頭ぶつける!!
あまりに一瞬のことで、さあっと血の気が引くのを感じつつも、反射で目を閉じることしかできない。すると、ふいにマリオがあたしの腕を掴み直し、自分の懐に引っ張り込んだ。マリオの胸にあたしの頬がぴったりとくっついていて、生ぬるい肌の温度がダイレクトに伝わってくる。されるがままに呆然としているあたしを抱いたまま、マリオはくつくつと笑っていた。
「……なっ、ちょっ、離して……!!」
急に正気に戻って、体を起こそうとジタバタもがいてみるものの、マリオは一向にあたしのことを放してくれない。その代わり、あたしの体を少し持ち上げてまっすぐに座り直させてくる。でも、背中に回された左手があたしの脇腹をがっちりと掴んでいるせいで、視界いっぱいにマリオの顔がある状態からは逃れられなかった。
「なんだよ〜、照れてんのか?」
「う、うるさいっ……!」
「はは、一度は融合した仲じゃねーか」
マリオはニヤニヤ笑いを浮かべながら、あたしのサイドヘアに指を通す。
こういうの、本当に心の底からやめてほしい。でも、それは別に嫌悪感とかじゃなくて、ドキドキして苦しくて、心臓が破裂してしまいそうだからであって。
彫刻みたいに整った顔と真正面から目が合うと、あたしの時間は強制的に止められてしまう。中二当時のあたしが作ったその造形は、残念ながらかなり完璧に近かった。小麦色の肌も、憂いを帯びた表情も、すらりと細長い脚や指先も、全部あたしが夢見て憧れたものばかりだった。普段は小憎たらしさや小っ恥ずかしさですっかり忘れがちだけど、こんな男の子があたしにばっかり執心しているなんて、あまりにも都合が良すぎる話だ。
そして、そのことを考えるたび、いつも少し悲しい気分になるのだった。自分が生み出した正体不明の存在に甘やかされているなんて、なんだか不健全な気がして仕方ない。そもそもこいつとこんな風に過ごしていること自体、大きな間違いなんじゃないのか──たまに、あたしの中の冷静な自分がそんな風に問いかけてくることがあって、その度に胸の中にすっと冷たい風が吹く。
「……おい、まーたなんか余計なこと考えてんだろ」
マリオがこつんとおでこをくっつけてきて、急に現実に引き戻される。そして、顔が近すぎることに驚く暇もないまま、ちゅっと唇を重ねてきた。
薄いけど柔らかい唇の感触が、冷え切ったあたしの心にじんわりと熱を灯す。静かに目を伏せると、マリオが鼻でフッと笑ったような気がした。
それからマリオは顔をわずかに横にずらして、あたしの右の口角のあたりを、舌先でぺろりと軽く舐め上げてきた。あまりのことにびっくりして、体をこわばらせたまま息を潜めていると、そのうちマリオの顔が離れていくのが分かった。
恐る恐る目を開ければ、マリオはしたり顔であたしのことを見つめている。
「チョコも付いてたぜ」
「ばっ……バカ! あんたってほんと最悪!」
「フッ、思ってもねーくせに」
「うーっ、そういうとこが嫌なんだってば……!」
全身の血が沸騰したみたいに熱くて、ほとんど泣きそうな気分のまま喉から声を振り絞ると、マリオはそんなあたしを宥めるみたいにギュッとハグしてきた。
そのまま泣いて大暴れでもすれば、流石のマリオだってきっとあたしを解放してくれただろう。でも結局、あたしは指ひとつまともに動かせないまま、大人しくマリオに抱きしめられていることしかできなかった。強張っていた体の力も抜けてきて、腕をだらんと下におろすと、更に強く抱き寄せられて、あたしとマリオの体の間には隙間がほとんどなくなってしまった。
柔らかい肌同士が引っ付いているだけのはずなのに、あたしとマリオの首と首とが触れ合っている部分だけ、チリチリと疼くような感じがする。
「あまり、大好きだぜ」
ひどく甘ったるい声でそんなことを囁かれ、トドメでも刺されたみたいにぎゅうっと心臓が締め付けられた。
そんなこと、言われなくたって分かってるよ。あたしを見つめる眼差しも、あたしの名前を呼ぶ声も、あたしに触れる手つきや唇からも、あんたがあたしを大好きなことが、痛すぎるくらいにダダ漏れてるんだから。
そうやってマリオから与えられる無償の愛情をまっすぐ受け取ることができていたら、どんなによかったことだろう。中二の頃の、今よりずっと無敵で世間知らずだったあたしなら、もっと素直になれていたのかな。
それに、口をついて出る言葉が素直じゃないだけで、あたしの心はもうすっかりマリオに雁字搦めにされていて、おまけにそれをマリオにも悟られてしまっている。その事実が悔しくて悔しくてたまらなくて、あたしはもっと素直になれなくなってしまうのだった。
