📘 PAPER MOON(SAMPLE)

現実の学校生活を頑張るあまりちゃんと復活したマリオが逢瀬を重ねる中、マリオに対するあまりちゃんの感情が恋へと変わっていく話|通販はこちら

 自分でも気付けないくらいのありえない速さで、あたしは日々変わり続けている。なのに、周りの子たちの変化のスピードはあたしのそれなんかよりもっともっと高速なような気がして、追いついていけない後ろめたさから別の方向に進んでしまったこともあった。正直今だって、まだまだもがいてる真っ最中だ。
 だけど、そうやって過剰に自分と他人とを比べたり、遠ざけてたりしているるうちに、内面がちぐはぐになって、自分のことすら嫌いになって……それがあたしにとってあまり良くないことだというのは当然分かるけど、それ以上に、あたしのことを大切だと思ってくれている人たちにとって望ましくないことなんだと、あの日らぁらが教えてくれた。
 プリパラでのあの一件を通じて、大好きだったはずのもののことも、忘れちゃったり、どーでもよくなったり、それどころか嫌いになってしまうこともあるんだと知った。でも、全部じゃなくてもちゃんと思い出せる時がいつかやって来るし、もう一度興味を持つことも、好きになることだってできるはず。
 そのためには、とにかく自分や周りから逃げてばかりじゃダメなんだ。
 そう学んだばっかりなのに、実際のあたしはといえば、早速矢継ぎ早にいろんな選択を迫られ、日和りまくっている。今だってまさに、目の前に新たな選択肢が提示されようとしているところだった。

「えーっと、実行委員会でのくじ引きの結果、クラス演目は『かぐや姫』になりました。ということで早速役割分担を決めてこうと思いまーす」

 教卓の前に立った学級委員長が、今日のロングホームルームのお題を告げる。
 文化祭が開かれるのは一ヶ月ほど先のことだけど、来週には中間テストが挟まっているせいもあって、実際の準備期間は意外と短い。だから、先に決めれることは決めてしまおうということで、まずは一番目玉の劇についての話し合いになったのだろう。
 バジリコ学園高等部の文化祭では、一年生はクラス別に劇の発表をすることが習わしとなっている。今年の共通テーマは「昔話を現代風にアレンジしよう」というものらしく、うちのクラスにはかぐや姫というお題が与えられたようだった。
 ──なんかめんどくさいしどーでもいいや、あたしなんて、余ったとこに入れてもらえればそれで……。
 副委員長が黒板にずらずらと書き並べた係名と人数をぼんやり見つめていると、あたしの頭の中は、ほとんど癖みたいにそんな考えに支配されそうになった。──いやいや、これからはそういうのダメだって、自分で決めたんだから!
 一度ブンブンと頭を振ってから、今度はちゃんと意思を持って、黒板の上の文字を見つめ直す。
 大体、かぐや姫を現代アレンジするってどういうことだろ? ちょっと前に読んだ漫画のパクりみたいな内容しか思いつかないんだけど。昔のあたしだったら、そこはかとなく痛くてありえない設定をスラスラ思い付くことができたのかもしれないけど、億が一そうだとしても、それは文化祭でやるべき内容じゃないに決まってる。台本係は絶対にパスだ。
 かといって、役者として舞台に出るのは絶対に無理! ……って、あたしなんて最初っからお呼びじゃないか……。きっと、目立つことが好きな一軍の子たちが挙手するに決まってるよね。黒子役なんかもあるみたいだけど、舞台上でトチったりでもしたら──ああ、考えるだけでも寒気がする。
 次、衣装・メイク係。確かに、プリパラでコーデやメイクについて考えることは好き。でも、それを現実で実践できるとは到底思えない。いや、実践しちゃってた中二病時代も確かにあるけど、それとこれとは絶対に違う。こういうのは、一軍の中でもあんまり目立ちたがりじゃないような、クールビューティーって感じの……それこそ、水谷さんだっけ、ああいう人がやるのがいいんじゃないかな。これもパス。
 あとは、美術係。あたしは直感的に、これが一番あたしに合ってるかも、なんてことを考えていた。美術係は主に舞台セットを作る役割だから、おそらく紙で大きな月を作ったり、それに色を塗ったりするような作業があるはずだ。
 自信を持って得意だとは言えないけど、絵を描くことは昔から好きだった。それに、他の係と比べたら足手まといになる可能性も低そうだ。うん、やっぱり悪くない気がする。
 ついつい消去法で考えちゃったところもあるけど、誰かから押し付けられた余り物の役割ではなく、これはあたし自身が選んだ役割だ。

「……じゃあ次、美術係希望の人〜?」

 いよいよ挙手タイムが始まり、ちょっと緊張しながらもおずおずと手を挙げてみると、同じく美術係希望として手を挙げている赤いボブヘアーの女の子──野田さんの姿が、斜め前の視界に入った。
 新学期に入ってから、あたしはとある女の子三人組グループと一緒に学食でご飯を食べたり、教室で雑談をするようになった。野田さんは、そのうちの一人だ。友達、と呼んでもいいのかどうかはまだ分からないけど、ついこの間までろくに口を利けるクラスメイトもいなかったあたしにとっては、野田さんが同じ係になりそうだという事実そのものがかなり心強く思えてくる。あぁ、神様に感謝するしかない……!
 そんなことを考えながら彼女の後頭部をじっと見つめていると、他に誰が手を挙げているのかが気になったのか、様子を伺うように体を後ろに向けた野田さんと目が合った。反射的に目を逸らしそうになったのもつかの間、あたしの顔を見た野田さんがちょっと嬉しそうにニコリと笑う。信じがたい光景に、思わず「あたし!?」なんて口パクで尋ねながら自分を指差すと、野田さんは笑顔のままこくこく頷いた。それからすぐ後ろのほうを小さく指差したので、つられて振り返ると、三人組のうちのもう一人、いつも通り髪を綺麗なハーフツインに結った白石さんも同じく手を挙げているのが見える。
 あれっ、もしかしてあたし今、このクラスの中で余らずにいれちゃってるのかも……!?



「香田澄さんも美術係だよね、一緒に頑張ろうね!」

 ホームルームを終えて寮に戻る準備をしていると、後ろから白石さんの声が聞こえた。振り返ると、白石さんだけじゃなく、野田さんと若月さんまであたしの後ろに立っている。

「ま、りいなは衣装係だけどね〜」

 そう言ってニヤニヤ笑いながら茶化す野田さんに対して、若月さんは長い金髪を振り乱しながら「もー、仲間外れみたいにするのやめてー!」とわざとらしく嫌がる素振りを見せた。
 ──うわー、可愛いJKがやると、こんな仕草もめっちゃ可愛く見えるんだな〜……。
 自分も同じJKだという事実を棚に置いたままでそんなことを考えていると、白石さんが「どうせ裏方同士、みんなで一緒に作業するでしょー」と若月さんをたしなめた。

「それよりさ、香田澄さん、テスト勉強捗ってる?」

 完全に外野気分で三人の会話を聞いていたはずなのに、白石さんからいきなり会話のボールが飛んできて、あたしは思わず「え!? あたしですか!?」と敬語混じりの素っ頓狂な声を出してしまった。それを聞いた三人の表情に、一瞬驚きや困惑の色が混ざる。
 ──あ、まずい、ミスったかも……ていうかそもそもこれ、どういう意図の質問なわけ!? なんて答えるのが正解なの!? ああ、完全にパニックだ、頭の中がグルグルして仕方ない……。

「えっ、あ、あ〜……いやあの、実は全然……あはははは……」
「よかった〜! 実はうちらもそうなんだよね」

 ──あれ? 今のあたしの返事、大丈夫だった感じ……!?
 ドキドキしながらぐっと唾を飲み込むと、白石さんがそのまま言葉を続けた。

「それで、気分転換に外の図書館で勉強してから寮に帰ろうって話になったんだけど……香田澄さんも一緒に来ない?」
「……ええええ!? い、一緒に行ってもいいの……っ!?」
「当たり前じゃん! 荷物まとめるの待ってるから、一緒に行こーよ!」

 あまりにも急な展開に面食らいつつも、大急ぎでカバンに荷物を詰めて三人の後ろを追いかける。そしてハッと気が付いたときには、もう近所の図書館の敷地内に足を踏み入れていた。
 ここに来るまでの道のりで一体何を話したのか、逆に無言のままで付いてきてしまったのか、細かいことは全く思い出せない。けど、とりあえずのところ、あたしだけ浮きまくっているとか、そういう変な空気にはなっていないようだった。セーフ、なんて心のなかで呟きながら、いつの間にか少し歪んでしまっていた制服のリボンをまっすぐに直す。
 図書館の奥のほう、窓際に並べられた四人掛けの大机にはまばらに人が座っていたけど、一つだけ完全に空いている場所があったので、目配せをしながらみんなでそこに座ることになった。あたしの前には野田さんと白石さんが、隣には若月さんが座っている。図書館だから当然おしゃべりは厳禁だけど、こうやってクラスメイトと一緒に勉強することができるなんて夢みたいだ。なんか、めちゃくちゃ青春っぽい感じだ!
 そんな喜びとは裏腹に、あたしの集中力は教材を広げて一時間も持たなくて、途中からは、みんながノートに何かを書き込んでいるシャーペンの音を耳で追うばかりになってしまっていた。サラサラと断続的に聞こえるその音は、聞いていて心地がいいと同時に、全く筆が進まないあたしにじわじわ圧を掛けてくるようでもあった。
 こんなんじゃだめだ、気分転換でもしないと。そう思って静かに立ち上がると、三人の視線がギュンと一気にあたしのほうに集まってきて、思わずヒィ、と小さな悲鳴が出そうになるのをなんとか喉奥で噛み殺した。

「……あっ、あたし、喉乾いちゃったから、飲み物飲んで戻ってくるね!」

 張り付いた笑顔のままで小声を振り絞ると、三人は黙ったままこくこくと頷いて、それからまたそれぞれ目の前の教材に視線を戻した。あたしは机から静かに離れつつ、足元に広がる色褪せたカーペットの、繋ぎ目になっている真っ直ぐなラインを見つめて、その線の上だけを綱渡りするみたいにゆっくりと歩いた。
 今、こうやってあたしが苦戦している一挙一動も、きっと普通の子たちにとっては全然どーでもいいことなんだろうな。
 そう思うと、自分の対人スキルのヘボさに嫌気が差す。どうせあたしなんて──と、卑屈な自我が飛び出してきそうになるけど、そうやって逃げ回ってきたツケがこの現状であることも事実だ。ここできちんと清算しておかないと、きっと一生後悔するに決まってる。
 よし、と思って顔を上げると、ロビーへの出入り口の近くに本の返却棚が置かれているのが目に入った。何気ない気持ちで棚の中を覗き込むと、偶然にも「かぐや姫」という文字の入ったタイトルがあることに気付いたので、ほとんど反射的に手を伸ばす。
 それは、かぐや姫の謎についてを解き明かすという題目で書かれた、いわゆる解説本のようなものだった。
 作者がどうとか、当時の朝廷がどうとか、古文も日本史もあんまり得意じゃないあたしにとってはちんぷんかんぷな内容がほとんどだ。でもそんな中、少しだけ興味を惹かれた部分があった。
 そもそもかぐや姫が竹の中から出てきたのは、何らかの罪を負った罰を償うためだった。そしてその罪とは、人間界に憧れを持ってしまったことなのではないか──。そんな書き出しから始まる、かぐや姫の罪と罰に関しての記述。それを読んだあたしの脳裏には、どういうわけかあいつの姿がぼんやりと思い浮かんでいた。
 かぐや姫とは違って、何の罪もないのにいきなり紙から引っ張り出され、プリパラ世界に降臨することになってしまったマリオ。そのままプリパラを破壊しようとしたのは確かに最悪極まりなかったけど、正直それだって、中二時代のあたしが作った狂った設定に忠実に動いていただけだろう。それに、最終的にはあいつもあたしと協力してプリパラの危機を救ったのに、闇のパワーが強すぎたなんて理由で、跡形もなく消されてしまったのだ。
 かぐや姫は最終的に、嫌がりつつも月に帰って行ったけど、果たしてマリオには、帰れる場所はあったんだろうか。
 正直なところ、騒動の真っ最中は自分のことだけで精一杯だったから、そこまで頭が回っていなかった。けど、落ち着いて考えてみると、マリオにはちょっとかわいそうなことをしてしまったような気がする。そして、それもこれも全ての発端はあたしのせいなんだと思うと、かなり憂鬱な気分だ。
 だからといって、あの時あったことを全部なかったことにしたいとは、今は思えない。あんなことがなかったら、きっとあたしは今も、この世界であまりまくってるだけの存在だったはずなんだから。こんな風にクラスメイトと一緒に図書館に来たりすることもできないままで……。
 ──ってヤバっ、感傷に浸ってる場合じゃない! あんまり長居してると変だと思われちゃう……!
 結局飲み物なんて一口も飲めないまま、あたしは来た道を慌てて引き換えした。



「……あー、全然ダメだった。今回のテストも追試ギリギリな予感がするう……」

 ロビーを出た瞬間、隣を歩く若月さんが溜息混じりにそう言った。いやいや、ゆーてあたしなんかより、みんなのほうが絶対勉強捗ってますって。内心で勝手にレスを送信していると、目の前を歩いていた野田さんがぐるりとこっちを向き直した。

「ていうか香田澄さん、後半すごい集中力じゃなかった?」
「あえ!? えっ、いや、……あたしはただ、ひたすら英単語を書いてただけで……」

 それは謙遜でもなんでもない、ただの事実だった。席に戻ってから約一時間、あたしはただただ余計なことを考えないためにひたすら手を動かしていただけだったのだ。直前にあいつのことなんか思い出しちゃったせいで、頭も気持ちもゴチャついてたから、写経というか精神統一というか、なんていうか。実際、ノートのページこそ埋まりまくってるけど、あたし自身一体何の単語を書き殴っていたのかすら、ほとんど記憶に残っていない。
 でも、そんな自分の内情をみんなに上手く説明できる気は全くしなくて、結局あたしは言葉尻を曖昧に濁しつつ、口をきゅっと一文字に結ぶことしかできなかった。
 図書館の外は、まだ七時過ぎとは思えないくらいすっかり暗くなっていた。九月に入ってからというものの、日が暮れる時間がどんどん短くなりつつある。まだ気温はそこまで下がっていないけど、少しずつ秋が近付いてきているみたいだ。
 ぼんやりと街灯の光を見つめていると、生ぬるい風がやさしく頬を撫でた。

「あ、そういえば今日って新月らしいよ!」

 ふと、若月さんがそう言った。それから、「知ってる? 新月に願い事をすると、願いが叶うんだって」と、まるで噂話でもするみたいに話を続ける。

「紙に願い事を書いて、読み上げるだけでいいらしいよ」
「へえ、帰ったらやってみようかなぁ」

 きゃあきゃあと盛り上がる三人の声を聞きながら、あたしも月のない真っ暗な空を見上げた。
 おまじないって、昔はしょっちゅうやってた気がするけど、ここ最近めっきりやってなかったな。
 今のあたしの願いといえば、とりあえず、文化祭をきっかけにもっとみんなと仲良くなって、自信をもって友達だって言えるようになること、かな?
 それからもう一つあるとすれば、──それは願い事というより、ともすれば罪滅ぼしみたいなものかもしれないけれど。
 マリオが、完全に消えてしまったのか、それともどこか別の世界に行ってしまったのか、あたしにはよく分からない。けど、もし完璧に消滅したわけじゃないんだとしたら、あいつにもちゃんと、新しい居場所が見つかっているといいな。そして、次はあんな終わり方にならない生き方をしてほしい。
 祈りとまではいかないけど、あたしはそんなことをとりとめもなく考えていた。



◇ ◇ ◇



「あっ、おーい、あまり〜!」

 中間テスト明け、ボロボロの体を引きずってプリパラにログインすると、広場で真っ先にであったのはらぁらとゆいちゃんだった。
 いつも以上に楽しそうな様子でこちらに近寄ってくるらぁらの姿を見ながら、何か面白いプロミスでもあるのかなぁなんて思っていると、あたしの目の前に立ったらぁらの口から発されたのは、あまりにも衝撃的な一言だった。

「ねぇねぇあまり、マリオが男プリに帰ってきたんだって!」
「……えっ……え!? ど、どういうこと!?」
「お兄ちゃんが言ってたんだよ〜、最近またマリオを見かけるようになったんだって。ユメふしぎだよね〜」
「本当によかったね、あまり! 今度こそ仲良くできるといいね」

 まるで自分のことのように嬉しそうに笑うらぁらに、あたしは思わず引き攣った笑顔を返してしまった。そしてその直後にあたしの脳内をよぎったのは、テスト前の新月の夜に行ったおまじないの記憶だった。
 ──いや、確かにあの時、ほんのちょーっとだけマリオのことを考えたりもしちゃったけど、戻ってきてほしいとまでは祈ってないんですけど!? そもそも、願い事の紙にはそんなこと一文字も書いてないし!
 でも、どうやらマリオは完全に消えたわけじゃなかったらしいという事実を知って、どこかホッとしているあたしもいる。

「ところで、あまりは今日はプリパラで何するの?」
「あっ、今日はね、久しぶりにポォロロちゃんに会いに行こうかなって思ってて……」

 そう、今日の一番の目的はズバリ、ポォロロちゃんに会うことだった。
 勉強続きですさみ切ったあたしの身と心を癒やしてくれるのは、きっとポォロロちゃんとのんびり過ごす時間に違いない! そう信じて、テストが終わって下校時間になった瞬間、速攻でプリパラにログインしてきたというわけだ。

「そうなんだー! あたしたちはこの後プロミスがあるから一緒に行けないけど、楽しんできてね!」

 そう言って見送ってくれたらぁらとゆいちゃんに手を振りながら、あたしは意気揚々とプリパラの森に向かったのだった。



「はぁ〜、思った通り超元気出た〜……!」

 すっかり陽が傾き始めた森の景色とは裏腹に、あたしは大きく伸びをしながら、そこはかとない爽快感を噛み締めていた。
 ポォロロちゃんは、プリパラの友達の中でもダントツの癒し系だと思う。頑張ってお喋りしようとしなくても、黙って一緒にいるだけで嬉しくて楽しい気分になれる。そのうち、ライブじゃないけど一緒に歌なんか歌っちゃったりして。そうやってポォロロちゃんの笑顔を見ているだけで、現実で蓄積した疲労感もみるみる癒えていくのだ。
 森の奥にあるポォロロちゃんの家までは、広場からは少し距離があるけど、往復の道のりなんてどうってことないと思えちゃうくらい、絶大な癒しパワーがそこにはある。あーあ、こんなことなら、テスト期間中もプリパラ自粛なんてしないで、息抜きに遊びにくればよかった。そうだ、文化祭期間中も、もし疲れたり嫌なことがあったらポォロロちゃん補充しにこっそりプリパラに来ちゃおうかな。
 えへへ、と思わず口元が緩むけど、ここは夕方の森の中。どうせあたし一人だし……なんて思っていたら、後ろから急にぐいっと腕を引っ張られた。

「ギャーーーッ!?」
「よっ、あ〜まり! 久しぶりだな!!」

 妙に聞き馴染みのある男の声が、馴れ馴れしくあたしの名前を呼ぶ。
 ──えっ、ちょっと、なんかこれ、めちゃくちゃデジャヴな感じなんですけど……!?
 思い切ってがばりと後ろを振り向くと、そこには思った通り、ドヤ顔をしたあいつが立っていた。

「マ、マ、マリオ……!? あんた、本当に戻ってきたの……!?」
「なんだよ、お化けでも見たみたいな顔しちゃってさ〜……せっかく戻ってきてやったのに、ちょっとひでぇんじゃねーのか?」

 マリオはそう言って、うんざりしたような顔で肩をすくめる。
 いや、確かにさっき、らぁらとゆいちゃんも言っていた。マリオがプリパラに戻ってきた、って。
 でも、実際にこうやっていきなり目の前に出てこられると、あたしだってどんな態度を取ったらいいのか、全然よく分からないのだ。

「だって、あんた……消えちゃったんじゃなかったの……!?」
「フッ……魔王である俺の力を以ってして、百年の時を超え、お前の為に地獄の底から復活したってワケさ……」
「……はあ〜……?」
「ま、地球の未来を救った褒美みてーなもんだろ」
「ちょっと待って、マジで何言ってんのか一ミリもわかんないんだけど……」

 要領の掴めないマリオの言葉を聞き続けていると、呆れて溜息が出ると同時に、ああ、こいつ、本当に帰ってきたんだな……という実感がようやく湧いてきた。
 ていうか多分、こいつの存在に意味を求めること自体が、そもそもの間違いなんだ。呼んでもないのに現れて、消えてほしくないと思ったら消えちゃって、そんでまた、しれっと再登場しちゃってさ。あたしの気持ちだけが、無理矢理ジェットコースターに乗せられたみたいに、ずっと上がったり下がったりしてばかりなんですけど。
 そんなあたしの内心を知ってか知らずか、マリオは妙に腹の立つニヤニヤ笑いを浮かべながらあたしの顔を覗き込む。

「なぁあまりぃ、……俺がいなくて、淋しかったか?」
「は!? べ、別にっ、そんなわけ……」

 ぷい、と顔を背けようとした瞬間、なぜかマリオのほうが先にあたしから目を逸らして、自分の手元を覗き込んだ。つられてその視線の先を見れば、マリオの腕には見慣れないものが巻き付けられている。

「……スマートウォッチ? なんでそんな物、マリオが持ってんの……?」
「スマ……? なんだそれ?」
「あんたが腕に付けてるやつよ」

 もしかして、それが何だか知らずに身に付けているんだろうか。まさか、誰かから奪い取ったわけじゃないでしょうね……!?
 そんな言葉が口をついて出る前に、マリオがあたしのほうに腕をぐいと差し出した。

「あぁ、いいだろこれ。貰ったんだぜ」

 自慢げに見せつけてきたその画面の上には、グループチャットの通知なのか、知らない男の子の名前と一緒に、いくつかのメッセージがポコポコと浮かび上がってきている。タイガ、カケル……? 誰だろう、男プリの子かな?

「……あんた、友達できたの?」
「さぁな」

 どーでもよさそうな口調なのに、マリオの口角はなぜか少しだけ上がっていた。
 あたしの知らないところで、こいつに一体何があったというのだろうか。ちょっと気になるけど、根掘り葉掘り聞こうとするのはなんか違うというか……自分に関心がある、とマリオに思われるのはなんだか癪だ。
 それに、マリオの中であたし以外の世界が広がることは、きっと、マリオにとっても悪くないことなんじゃないだろうか。実際、現実世界のあたしも、自分以外の人たちと向き合うことで、少しずついい方向に進んでいる実感があるし。

「ていうかあんた、急に姿を表すなんて……もしかして、またなんか悪いこと企んでるんじゃないでしょうね?」
「あぁ? なんだよ、……もうプリパラを破壊しようとは思ってねーよ」
「本当に?」
「おいおい、お前がプリパラ好きだっつーから一回消えてやったんじゃねーか!」

 マリオは心底不服そうな顔であたしを見つめた。そんな態度でそう言われると、あたしはもう何も言い返すことができない。
 あの時、本当はあたしもマリオと一緒に、プリパラから消される運命だったはずだ。別にそれはそれでしょうがないことだと悟ってたし、なにもマリオが消えなくてもよかったのに、という気持ちも正直あった。その一方で、マリオが身代わりになってくれたおかげで、今のあたしがプリパラに残ることができたのも事実だ。
 そういう全部に対して、考えるたびに頭がこんがらがってしまって、まだ自分の中でうまく折り合いが付けられていない。
 ──実際、あんたがこうやって目の前に現れてくれたって、あたしの頭の中のごちゃごちゃは、そう簡単には解けてくれないんだよ。
 何も言えないまま黙りこくっていると、どこからともなくプリパラ閉園のアナウンスが鳴り響き始める。
「……閉園時間だし、そろそろ帰らなきゃ……」
 そう言って背を向けようとしたあたしの腕を、マリオが再びぐっと掴んだ。
 燃えるような夕日が、マリオの頬を真っ赤に染めている。その光景が何故か妙に懐かしくて、胸が痛い。
 ──あんたの言う通り、あたし、もしかしてやっぱり淋しかったのかな?
 ねぇマリオ、あんたはどうだった?
 たったそれだけの質問すら言葉にすることができないまま、あたしは、あたしを真っ直ぐ見つめるマリオの視線から目を逸らせずにいた。そうしていると少しずつ時間の感覚が分からなくなってきて、呼吸をするタイミングも忘れてしまう。
 苦しい、と感じた瞬間、マリオがあたしの腕を引っ張って、あたしはそのまま胸の中に抱き寄せられた。

「……あまり」

 優しい声で名前を呼ばれて、やっと息を吸うことができた。その瞬間、レザージャケットと胸元の隙間から、男の人の香水の匂いがふっと漂ってくる。
 そういえば、クラスにいるちょっと派手な見た目の男子たちも、こういう感じの匂いの香水を付けている。横を通るたびにツンと強い匂いがするから、メンズ香水ってちょっと苦手だな、なんてことを思っていた。でも、マリオから香ってくるそれは、何故かあまり嫌な気分にならない。どうしてなんだろう、たくさん付けてないからなのかな?
 自分の置かれた状況が飲み込めなくて、そんなどーでもいいことばかりをぼんやり考えていたら、今度は両手で肩を掴まれて、少しだけ体を引き剥がされた。どうしたんだろう、と、ほとんど無意識のまま顔を上げれば、マリオの顔がそのままゆっくり近付いてくる。
 真っ黒な癖っ毛があたしの頬をくすぐるように掠めて、それから、何か柔らかいものが口に触れた。その間もあたしはずっと頭がぼーっとしてしまっていて、キスされた、という事実にやっと気がついたのは、マリオがあたしの下唇を弱く喰んだときだった。
 反射的にマリオの肩を押しのけると、マリオは少し驚いたような顔であたしを見た。体中の血が沸騰したみたいに熱くなって、特にほっぺたなんか、ヒリヒリと痛んできそうなくらいだ。

「……ちょっ、なっ……何してくれてんのよ!!」

 咄嗟に悲鳴を上げてみたものの、体中に渦巻くパニックは全く収まらない。衝動のまま、マリオの鳩尾にグーを叩き込むと、ぐえ、とカエルが潰れたような声を出したマリオが、わずかに前傾姿勢になった。

「あっ、……あたしっ、もう帰る!!」
「まっ、待てよ、あまり……!」
「知らない!! マリオのバカ!!!」

 こっちに向かって何か言っているマリオには目もくれず、あたしは浮力に任せて一目散に出口のゲートを目指した。唇を噛みしめると、その表面はなぜかちょっとだけ甘い。
 ──ファーストキスが甘いだなんて、そんな嘘みたいな話、あってたまるもんか!



 文化祭の準備が本格的に始まったこともあって、それからしばらくの間、プリパラに向かうことはできなかった。そもそも寮に帰るのが六時を過ぎることもザラで、そんな状況はあたしにとってものすごく都合のいい言い訳になってくれていた。
 ただ、そうやってプリパラと──というか、マリオと物理的に距離を置いていたとしても、部屋で一人っきりでいると、ふとした瞬間にマリオとのことを思い出してしまう。その結果、あたしは妙な憤りを抱えながら、ベッドや床の上をひたすら転げ回る羽目になっていた。
 ──なんで、なんであいつにファーストキスを奪われなきゃなんないのよ!
 そんな恨み言を、一体何度脳内で叫んだことだろう。でも、もしファーストキスとやらが返品可能なものだったとして、絶対に返してほしいのかといえば、それはよく分からない。むしろそれよりも、あいつのことを考えると胃と心臓とが捻れるみたいにぎゅうぎゅう痛んで、苦しくてしかたないことのほうが大問題だ。
 そうこうしている内に、あたしはまた一つ、すっかり忘れていたことを思い出した。
 なんであの時、夕日に染まったマリオの姿を懐かしいと思ってしまったのか。キスをされる前、静かに抱きしめられたとき、即座に抵抗することができなかったのか。
 それは、ノートの中のマリオを完成させた後、あたしが脳内で密かに妄想していた物語のせいなんじゃないかと思う。
 とある理由があって、遠い異国からあたしのことを迎えに来たマリオ。その再会シーンの背景が、まさに燃えるような夕日の中での出来事だった。……まあ、全部あたしの脳内設定でしかないんだけど。
 ノートに書き留めていたことすら忘れちゃっていたのに、頭の中だけで考えていたことなんて、いきなり思い出せるはずがない。事実、その物語について思い出せた部分はごく一部だけで、なおかつかなりあやふやだ。
 それでも、あの日のあの景色のことを、脳内で何度も反芻するうちに、記憶の欠片を掴んで、少しだけ引っ張り出すことができた。
 多分、あたしの記憶のどこかにはあの夕焼けのイメージがずっとこびりついていて、そしてきっと、あの頃のあたしにとってそれはすごく大切で尊いものだったから……だから、あの時あの場所にいたマリオのことを、あたしは咄嗟に拒むことができなかったんだろう。
 それから、もう一つ気付いたことがある。当時あたしが想像していたマリオと、今実際に目の前にいるマリオとでは、なんというか、若干違うところがある気がするのだ。
 悪を悪とも思わない根っからのワルだけど、人を魅了する美貌とオーラを持っていて、飄々として掴みどころのない、どこか色気のある若い悪魔。だけど、あたしのことを見つめる眼には、他人に向けるそれとは違うものがうっすらと滲んでいて……って、思い返すだけでも恥ずかしくて鳥肌が立ちそうだ。
 でもとにかく、あたしが想像していたマリオのイメージはそんな感じのキャラクターで、確かに今のあいつに継承されている部分もなくはないけど、何かがちょっとズレているというか。
 確実に言えるのは、あたしはマリオのことを、あんなにバカで、あたしに対する好意を露骨に表現するようなキャラクターとして作ったわけじゃなかったはずだ、ということだった。
 見た目に関して言えば、割と設定に忠実な気もする。けど、当時のあたしは平面的なイメージでしかマリオを想像することができていなかったから、実際に姿を表したマリオを見ても、立体に起こすとあんな仕上がりになるんだな、という感心に近い感情や、とにかく服装と言動が痛すぎる、といった感想しか持てていなかった。
 森で初めてマリオと出くわしたとき、マリオのことをすぐに思い出せなかったのも、そういう微妙な解釈違いや理解不足のせいで、思い出の引き出しを開き切ることができなかったせいなんじゃないかと、今では思う。
 かといって、原作に忠実に出て来てほしかった、なんて思っているわけじゃない。それはそれで、今のあいつとは違った不気味さを感じていたに違いないだろうし。
 それに、今のマリオがあたしに異常に懐いてるのも、あたしがあいつの作者だからとか、マリオとあたしは元々前世で一つの存在だった、という痛〜い設定があったりするせいであって、それって限りなく血縁関係に近いものなんじゃないの、なんて思ったりもしていた。逆に言えば、ちょっとウザいと思うとこはあるけど、腐れ縁の幼馴染とか、ともすれば家族みたいな、そういう感じの関係を作っていける存在だったのかもしれない。
 でも、家族に対してあんな、なんていうか……色っぽい感じのキス、するわけなくない!?
 ほんと、マリオにとってあたしって一体何なわけ!?
 あたしが作ったキャラクターなのに、しかも、一度融合までして意思疎通できた存在だと思ってたのに。こうやってまた別の個体に分かれた瞬間から、あたしはマリオの考えていることがさっぱり分からなくなってしまっていた。

(※サンプルここまで/続きは同人誌でお楽しみください!)

 

 

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